前回の続きです。
行先表示器のパタパタが懐かしい感じです。
クモハ356の車内へ。
サハのリベット、丸屋根、雨どい、連結部の渡り…旧い車の渋さ。
この頃の最大の関心は吊り掛け車。
休日ダイヤで設定されていた多客期の西武新宿~西武遊園地間の快急には赤電の吊り掛け車がしばしば充当されていました。
西武赤電551系4両編成による快急西武遊園地行。 小平 1983.5.29 |
小平はパタパタの取付が前年3月の時点で施工されていました。
西武赤電551系による快急西武遊園地行。 小平 1983.5.29 |
2+2編成も来ました。
快急運用の赤電 2+2編成の西武遊園地行。 小平 1983.5.29 |
601系の前照灯がシールドビーム化されたらこんな様子かな、と思わせる4両編成です。
この列車の編成はメモしていて、458F+459Fでした。
西武新宿←クハ1657+クモハ458+クモハ459+クハ1660→西武遊園地
先頭のクハ1660はもと601系603Fのクハ1604号車、最後尾のクハ1657はもと601Fのクハ1601号車です。(*1)
快急運用の赤電 458Fクハ1657ほか4両編成。 小平 1983.5.29 |
この列車に乗って萩山へ。
355Fは17m車3両でした。
萩山←クモハ356+サハ1336+クモハ355(*2)→国分寺
この頃多摩湖線は萩山を境に運転が分断されていました。
萩山~国分寺間は17m車×3両の351系又は20m×2両でした。
20m車には401系、新501系、クモハ451形+クハ1651形の2両編成が入りました(2000系の2両編成をこの区間で見たことはありません)。
萩山~西武遊園地間は新宿線からの直通列車や、小平~西武遊園地間の往復列車が運転されていました。
クモハ356の車内へ。
西武赤電351系 運転席後ろの座席。 萩山 1983.5.29 |
351系サハ1336とクモハ356。 萩山 1983.5.29 |
351系サハ1336とクモハ356の連結部。 萩山 1983.5.29 手前の2本のジャンパ栓のふたはひもでくくられていますね。 |
▶アーカイブから
(*1)
601系全7編成のうち、中間車MM’ユニットは7ユニットすべてが701系701F~713Fに組み込まれました。一方先頭車は、クハ1601~クハ1606の6両だけがクモハ451形と組み、1607~1614の8両は再び旅客運用に供されることはありませんでした。
飯能・西武新宿 Tc + M’ + M + Tc 池袋・本川越
(偶数モハにパンタグラフ)
1601+601+602+1602 → (1657、701-1、701-2、1658)
1603+603+604+1604 → (1659、701-3、701-4、1660)
1605+605+606+1606 → (1661、701-5、701-6、1662)
1607+607+608+1608 → (×、701-7、701-8、×)
1609+609+610+1610 → (×、701-9、701-10、×)
1611+611+612+1612 → (×、701-11、701-12、×)
1613+613+614+1614 → (×、701-13、701-14、×)
編成を解かれた後に再利用されなかった8両のクハの一部は小手指基地で見られました。
1982.5.1…少なくとも6両の601系クハを確認できます。
1982.9…少なくとも4両の601系クハを確認できます。5月以降連結器が交換されました。
(*2)
355Fの国分寺方先頭車クモハ355は、横瀬車両基地で保管されています。
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